混沌の海

ザ・ブログ・オフ・一人の落胆するチャイニーズ一般公務員

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2015.02.16 Monday

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    2013.04.11 Thursday

    私訳『天声人語』――憲法論

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      常識的な見解である。日本維新の会の橋下共同代表が9日、みずからの憲法観を所属議員に語った。維新の会の説明によれば、おおむね次のような内容だった▼「憲法というのは権力の乱用を防ぐもの、国家権力を縛るもの、国民の権利を権力から守るものだ。こういう国をつくりたいとか、特定の価値を宣言するとか、そういう思想書的なものではない」▼憲法とは何なのかというそもそもの問いへの通説的な答えである。橋下氏は説いた。「きちんとした憲法論を踏まえなければいけない。国会での議論を聞いていると大丈夫かなと思う」。基本的な教科書も読まずして憲法を論じるべからず、と▼その通りだと思いつつ新たな疑問が湧く。憲法改正を進める点では同じ自民党の憲法観と橋下氏のそれは、互いに相いれないのではないか。橋下氏のいう立憲主義的な発想は公明党も民主党なども共有するが、自民党はかなり異質である▼憲法は国民が国家を縛るもの、法律は国家が国民を縛るもの。向きが逆さになる。そのことは憲法99条が象徴的に示している。天皇、大臣、国会議員、公務員には憲法を尊重擁護する義務があるが、国民には課されていない。ところが自民党の改正草案は国民にも尊重義務を負わせる▼自民党は憲法で何かと国民を縛りたがる。家族は互いに助け合えなどと個人の領域に手を突っ込みたがる。こうしたそもそも論の違いを残したまま双方が改憲で手を組むというなら、質(たち)の悪い冗談というほかない。

      訳文

      日本维新会的桥下共同代表于9日,对所属议员陈述了自己的宪法观,根据维新会的说明,内容大略如下。

       

      “所谓宪法,正是为防止权力滥用而约束国家权力、进而在‘权力’漩涡中守护国民权利之根本大法。并非倡言打造如何之国家或宣讲某种特定价值观的思想宣言。”——这是常识吧。

       

      桥下氏又称“(我们)必须依据稳健的宪法论(来行动)。列席国会讨论后感觉基本不存在问题”——这也是针对探究宪法本源的一个恒久的“惯用型”吧。

       

      就连最基本的教科书都不曾读,又岂可奢谈宪法——虽可谓大道理满满,细细品味来,却又滋生许多新疑问萦绕心头。尽管在推动修宪问题上,自民党与桥下派可谓“风雨同舟”,然而却甚难坦言自民党的宪法观与桥下氏的主张能谓“水乳融合”。桥下氏所拥护的立宪主义理念与公明党、甚至民主党是为共有,而与自民党,非但“水乳融合”,正可谓“失之千里”。

       

      宪法乃国民约束国家之武器,而法律则是国家统御国民之工具。这正是风口浪尖那条“宪法第99条”所象征的种互为制约之逆反关系。也正如此,天皇、大臣、国会议员和公务员均有义务尊重并拥护宪法,而普通国民却从未被要求背负这种义务。然而正是自民党所提出的修正草案,文笔间打算着今后给每位国民都套上这么个“宪法”。

       

      自民党无论如何总是盘算着利用宪法来束缚国民、总是想方设法把脚伸进家庭成员互助互携的私人空间里去——若是桥下派抛下如此显著分歧而与自民党携手修宪的话,这只能给历史的字里行间留下一段恶劣的玩笑而已。


      2012.09.03 Monday

      私訳『天声人語』——ドラえもんの誕生日 おめでとう!!

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                朋友们!朋友们!!伴随我们一同成长的那个蓝色的、圆滚滚的“机器猫”哆啦A梦在100年后就要诞生喽!让我们倒数吧,看谁能长寿,100年后跟哆啦A梦合影啊!!我也是今天早上看《天声人语》才知道的,这么有意义的篇章,不“私译”纪念一下怎么行?哆啦A梦才是日本动画形象里真正最影响我们80后的啊。和他一起哭、一起笑、被欺负了也想有个自己的哆啦A梦来助自己一臂之力。。。想来他本身却是个“60后”。不过没关系,每一个“十年”都有属于这个“十年”里的哆啦A梦和野比、胖虎、小夫、静香等等。不信你看,我们小时候看过的《机器猫》和现在每年一集的《哆啦A梦》大长篇电影对比一下,那时候小夫家里有空调,但录音机等等80年代的“古董品”则历历在目,可是现在小夫家里已经用上电脑喽。。。所以,每一个“十年”里的孩子,都有只属于他们的“哆啦A梦”的世界,都有跟他们一起成长的这些伙伴们。就让我们跟我们80后的哆啦A梦、野比、胖虎、小夫、静香们一同庆祝我们哆啦A梦的“生日”吧!!
         

        2012年9月3日(月)付

         自分と同じ誕生日の著名人を何人もあげてみせる人が、時々いる。どの日にもそれなりの人が生まれているが、きょうは変わり種がいる。紙面ではいつも当欄の右にいる丸っこいの。そう、人気者のネコ型ロボットは2112年の本日生まれた▼100年後の未来から、ドラえもんはやってきた。おなかのポケットから色々な秘密の道具を取り出しては、のび太君を助ける。「あったらいいな」と大人も思う▼本紙別刷り「be」が読者に聞いたら、行きたいところへ行ける「どこでもドア」が1位になった。2位がタイムマシン。3位のタケコプターは自由に空を飛べる。筆者は特派員時代、食べるとどんな言葉も自在になる「ほんやくコンニャク」が夢に出てきた▼秘密の道具は100年後への空想をかきたてる。1901年の年頭、報知新聞が23項目の「二十世紀の予言」をのせた。夢のように語られた技術が、次々に実現されたのに驚かされる▼たとえば東京―ロンドンの電話対話。寒暑知らずの空気調整。高速列車で東京―神戸を2時間半。「遠く離れた男女がひそひそ話をする伝声器」は、携帯電話の隆盛を見ればまさに的中といえる▼だが、それで幸せになったと言い切れないのがもどかしい。進歩が希望、便利が福音だった時代の歌は、もう心からは歌えない。人は身の丈を考えるときだろう。100年後に原発はどうなっている、人類は、地球は――。思いめぐらしながら、ドラえもんに♪ハッピーバースデーを贈る。

         

        2012年9月3日(周一)刊

        就在我们身边,时常会遇到能如数家珍般列举出和自己相同生日名人种种的朋友吧。当然,虽说每一个再“平凡”日子都会将成为某人“珍重一生”的“诞生纪念”,但是今天要闪亮登场的这位则可谓大大滴“与众不同”哦就是那位在版面上一直是本栏右边“邻居”的那位啦、就是那个圆滚滚的家伙——还没猜到吗?对!就是这位超人气的猫型机器人——他就诞生于2112年的今天哦。

         

        100年后的未来世界来到“今天”,哆啦A梦总是会从他圆滚滚肚皮上“四次元口袋”里“变”出各式各样稀奇古怪的道具来帮助我们的“可怜虫”大雄君,真让人好生嬖蕁“要是我也有就好了。。。”想来纵使是我们这些“大人”们也不时会作此感慨吧。

         

        本报副刊《be》曾向读者朋友们做过问卷。结果,哪儿都能去的“任意门”名列榜首。第二位是时光机。名列三甲的竹蜻蜓则能带我们任意翱翔自由的天空。至于笔者本人,身为特派员时就曾一直纠结着梦想得到那个“吃了就能轻易说出各种外语”的“翻译魔芋”呢。

         

        这些“秘密道具”不时拨动着我们的心弦,让我们的思绪任意徜徉在100年后世界的幻想中。1901年初,《报知新闻》曾刊载了23条《二十世纪预言》。这些当时看来无异于“痴人说梦”的“神奇”技术种种,后来竟一个一个得以实现,想来着实令我们为之惊叹。

         

        譬如东京—伦敦间的“电话通话”。能够任意操纵寒暑的“空气调节”。能够将东京—神户间旅途缩短为两个半小时的“高速列车”等等。至于那个能让“君在长江头,妾住长江尾”的男女们传情私语的“传声器”,岂不正预见了今日手机的“天下一统”么。

         

        然而,今日种种却难以让我们坦言,这些,就是幸福。我们也再难打心底放声高歌那首“进步即希望、便利即福音”的时代曲。大概,是时候来审视我们人类自身了。我们会问,100年后,核电站会如何?我们人类呢?地球呢?——就这样思揣着这些“天问”,让我们一起为哆啦A梦送上这一曲“提前”的《Happy Birthday to You》吧!


        2012.08.13 Monday

        私訳『天声人語』−−命の泉

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          2012年8月13日(月)付

           実話か作り話か定かではないが、こんな話を聞いたことがある。昔、乾燥地の国から来た客人が、ひねると水がほとばしる蛇口を見て「土産に欲しい」と熱望したそうだ。水道を知らなかったので、蛇口が奇跡の水源に見えたものらしい▼時代がかった話だが、命の水に事欠く人は今も少なくない。国際協力機構(JICA=ジャイカ)の発行するジャイカズワールド8月号が「一滴の重み」と題して特集している。その表紙、蛇口の水を両手で飲むアフリカの少女の写真が目を引く。したたる貴重な水は、透き通った宝石のような輝きだ▼水を欲して飲むとき、人はだれも真剣な顔になる。少女も一心そのものだ。のどを通った水は胃に落ちて五体をみたす。この蛇口ひとつに、どれだけの人が命をゆだねているのだろうと思う▼日本では、1人1日平均で約370リットルも使うそうだ。体重が60キロなら重量は6倍を超す。片や世界には安全な水を得られない人が8億人近くいる。水は天下の回りものだが、「一滴の格差」は著しい▼「水道のせん」という詩が、まどみちおさんにある。〈水道のせんをひねると 水が出る/水道のせんさえあれば/いつ どんなところででも/きれいな水が出るものだというように……〉と、日ごろの勘違いを戒める言葉が続く。そう、蛇口は魔法の水源ではない▼乾いた大地から一滴一滴をしぼり取るように生きる人々に、思いをはせたい。天与の水を当たり前とせず、水清くゆたかな国土への感謝とともに。

          译文

          2012年8月13日(周一)刊

          虽说未必可信,我的确听说过这么一则轶闻:很久以前,曾有一个干旱国度的客人,当他见到只需轻轻一拧便喷涌出水的水龙头后大为惊异,非想获得这么一个“礼物”不可。大概他并不知道龙头下还连着水管,而仅仅把这龙头当成了魔法师的水源吧?

           

          这虽然是个上了些年头的老故事,但如今仍有许多人挣扎在贫水线上却是不争的事实。国际协力机构(JICA)发行刊物《JICA·WORLD8月刊就以“滴水之重”为题发表特刊。封面上,那非洲少女双手捧着龙头涌出的水,“贪婪”痛饮的样子着实令人心间猛然一震。指尖一滴宝贵的水,晶莹剔透,闪烁着宝石般的光辉。。。

           

          久旱甘霖之时,我想,任何人都会拿出这份“心无旁骛”的神色,正如那少女,一心所系的唯有那泉宝贵的水源吧。当清水轻滑过喉咙、流润到胃间的一霎那,简直全身心都获得了极大的抚慰。想来,正是这一泉小小的龙头,承载了多少宝贵的生命啊。

           

          据称,日本人平均每人每天要消耗370公升水。而具体看来,这些水足足是一名约重60公斤普通人的体重6倍还要多。然而,另一方面,世界上却近8亿人过着用水朝不保夕的生活。虽说水是天下循环的,然而真令人感叹这“一滴的差距”简直是太大了。

           

          诗人石田道雄曾写有一首名为“水阀儿”的小诗“轻扭水阀淌清水,仿若世事亦如是。只需水阀不问时,劝君切勿想天开。。。”后面的,便更多是劝诫人生的词句了。诚如诗中所言,小小龙头儿,绝非魔法的水源啊。

           

          写到这儿,我再难以抑制自己对那些挣扎在干旱龟裂的大地上、靠挤取一滴一滴水珠儿惨淡生活的人们抱有的深深怜悯之情。

           

          朋友,请让我们感恩这水清物华国土的同时,更感恩这甘醇的天赐之水吧。


          2012.07.30 Monday

          私訳『天声人語』−−明治以来100年の記念

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             今朝、「朝日新聞・天声人語」を読んで、自己のために、訳して、今を記念する。

            原文

            2012年7月30日(月)付

             歴史の節目の中で明瞭なのが改元だ。100年前のきょう、明治天皇の崩御を受けて大正天皇が即位した。大正は14年ほどだが、社会運動が花開き、本格的な政党内閣ができた時代として意義深い▼改元の年は、東京市電のストライキで明けた。死の床の石川啄木が所感を記している。「国民が団結すれば勝つということ、多数は力なりということを知ってくるのは、オオルド・ニッポンの眼(め)からは、無論危険極まることと見えるに違いない」▼軍需工場や鉱山でも労働争議が起き、都市の商工業者は悪税廃止を求めた。富山から広まった米騒動や、普通選挙の要求。行動する国民に、藩閥政治に代表される「古い日本」は揺らいだ。ただデモクラシーとは名ばかりで、そのツケは次の昭和に回る▼昨夕、都心に「原発とめろ」「福島かえせ」が再びこだまし、デモ参加者は国会前に押し寄せた。日の丸を掲げてデモを批判する一群もいたが、割って入る警視庁の警備は見たところ穏当だった。喧噪(けんそう)の中で思ったのは、言論と表現の自由を命がけで根づかせた先達のことだ▼民主主義の成熟ぶりは、街頭行動の「賢さ」と、権力側の「こらえ性」が示す。中国では、暴徒化した群衆が手荒く鎮圧され、取材していた本紙上海支局長が多数の警官に暴行された。彼は、強権の闇に切り込む記事をいくつも書いている▼一党独裁の下で13億人が暮らす異形が、末永く続くとは思えない。今はただ、歴史の節目が早く、静かに訪れることを祈る。

            訳文

            2012年7月30日(星期一)刊

            这真可谓历史长河中一个明了的改元。整整100年前的今天,随着明治天皇驾崩,大正天皇登基皇位。虽然“大正”只走过短短的14年时间,然而此间各种社会运动风起云涌、而真正意义上的政党内阁也于此时诞生,由此看来,这正可谓是意义深远的14年。

             

            这一年正是从东京市电大罢工起掀开了历史纪元的新篇章。同年,行将谢世的著名诗人石川啄木记录下自己的心得:“国民团结则战无不胜、多数就是力量。而这在那些‘老日本’看来,无疑是最最危险的吧”。

             

            军需工厂、矿山中劳动争议频发;城市里,工商业者走上街头要求废除酷税;富山发端而轰动海内的米骚动、普选的呼声等等。在行动起来的国民面前,藩阀政治面具下的“旧日本”开始战栗、动摇。然而这些萌芽仅仅昙花一现,“先生”也却徒落得虚名而已,历史的车轮滚滚早已驶入“昭和”的轨道。

             

            昨天傍晚,“核电下马”、“还我福岛”的呼声再度响彻东京中心。请愿人潮汹涌澎湃涌至国会大门。虽说也有一小撮人高举日之丸大旗,大唱反调。然而在来维持秩序的警视厅警备员看来,请愿现场整体还是井然有序的就在这片喧嚣中,浮现在我脑海的却是那些曾拼上自己的性命只为让言论、表现自由的种子在这片土地上扎根、发芽的先行者们。

             

            何为民主主义的成熟?它既体现在街头行动一方的“巧”上,更体现在当权者的“忍”上。在中国,暴徒化的群众被粗暴镇压,就连本报上海支局局长也在新闻采访中被数名警察殴打。而正是他,写下了数篇揭示强权阴惨一面的报道。

             

            13亿人口朝朝暮暮残喘在一党独裁下——很难想象,这样的“怪胎”能够“万寿无疆”。然而我们现在能够做到的仅仅是静静祈祷,祈祷这个历史的变局能够尽早地、安然地到来。

             


            2012.07.26 Thursday

            私訳『天声人語』ーー秋花言葉

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              已经有一年多没有私译《天声人语》了,前些日子有一篇涉及“幸福”的话题,很适合私译一下与大家分享,可惜啊,有些事情耽误了(大概就是手懒),结果第二天一看已经有人翻译过了,吃人家嚼过的馍也乏味啊,没办法,正好放弃了。之后也有几篇文章,细看来都针对性较强,也就没有提笔。直到今天看到这篇文章,眼前一亮,遂执意私译出来,可是其中有一首和歌,又为难了很久,中午时分,打开网络搜寻之,有之前丰子恺大师译出的版本和日文现代语译文,相较之下,虽说个人与丰老先生天壤的差距,却还是在日文现代译文的基础上自己译出了,毕竟是自己的“私译”文嘛,就算译的不好,也是自己的不是?呵呵。外该首和歌是女赠男的歌儿,按老先生译法,“料是伊人”总觉心中有些龃龉。故此。

                    翻译最后两段时,正是风雅的文字,妻子却发来QQ大谈肥肠的事,我还不好意思拒绝她,哎呀,真是啊,呵呵。

                    多时不练手,虽说这段时间偶尔也翻一些说明性的文字或文章,但着手美文的翻译顿感吃力不小,还望各位懂日语的朋友多多理解。谨记之。

               

              2012年7月26日(木)付(『朝日新聞·天声人語』)

              草冠(くさかんむり)に秋と書いて「萩」なのだが、ご近所の塀を越えて伸びているハギが、はや二つ三つ紫の花をつけ始めた。隣にはまだ白いクチナシの残り花があるのに、気の早いことだ。今年はどんな天候かな、と偵察に来た、ハギの花の先遣隊かも知れない▼公園にはキキョウがゆれている。こちらも秋の花のイメージなのに、ずいぶんせっかちだ。調べると早咲きの種類らしい。梅雨どきに咲くので「五月雨桔梗(さみだれききょう)」と呼ばれたりするそうだ。薄い紫の花は涼しげで、炎暑をふっと遠ざけてくれる▼この夏、拙宅で鉢植えの夕顔を育てている。ご記憶の方もおいでだろう、昨夏、小欄で夜顔を夕顔と間違えて書き、おわびをした。ヒルガオ科の夜顔は、広く「夕顔」の通り名で呼ばれるが、夕顔ではない。罪ほろぼしのつもりで、本物のウリ科の夕顔の種をまいた▼先月の末、夕闇に白く咲いているのを見つけた。夜ごとに花を開いたが、もう花期は終わって小さな実をいくつかつけている。実はごろりと大きく育って、干瓢(かんぴょう)の原料になるそうだ▼〈心あてにそれかとぞ見る白露の光添へたる夕顔の花〉。源氏物語のよく知られた歌はヒロインのひとり、夕顔が詠んだ。光源氏との逢瀬(おうせ)のあと死んでしまうはかなさが、ごろりの実はともかく、花の姿にはよく似合う▼そして夕顔のあとは、朝顔が開きだした。「乗り切る」という動詞がふさわしい炎暑の季節。萩をゆらす秋風が吹くまで、朝露の光る一輪に英気をもらう幸いも、またよしである。

              译文

              2012年7月26日(四)刊(《朝日新闻·天声人语》)

                  虽说为“秋”添一顶草帽才为“荻”字,可那潜滋暗长的荻花却早已按耐不住,两三朵紫花出墙来了。看那身边栀子雪白依旧,想来真是太心急了。“今年又将是个什么样天气捏”大概她就是潜来侦察的荻花“先遣队”真也未可知啊。   

                  公园里桔梗摇曳,虽说这边也是秋花一色,但怎么说也真是一群急性子啊。让我仔细查查,大都是早开的花种。大概就因为她们绽放在梅雨季节,所以才被称为“五月雨桔梗”吧。看那淡紫色的小花透着沁心的凉意,仿佛把酷暑“呼—”地一下,吹走好远。

                  这个夏天,我在陋室中也养了盆栽的夕颜。大概您还记得,去年夏天,敝栏目还曾为将“夜颜”错当成“夕颜”写下一文而致歉。旋花科的夜颜花虽被广为统称作“夕颜”,而此夕颜却非彼夕颜。所以我便抱了“赎罪”的念头,洒下来正宗瓜夕颜种子。

                  上月底,偶然瞥见暮霭中绽放的白色小花。夜夜绽放的花儿呦,可惜花期已逝,终结出小巧果实几枚。想这果儿也将骨碌碌地长大,然后成为葫芦干的原料吧。

                  “白露光凝美夕颜,定是贵公信马来”。这首广为传颂的和歌正为《源氏物语》中女主人公之一,那位悲情的夕颜姬所吟唱。在与光源公子幽期暂逢后便匆匆身赴冥土这种虚无的忧伤,暂不提那圆滚滚的果儿,却与那花儿可怜模样有几分神似。

                  夕颜睡去,朝颜盛放。这个堪用“战胜”这一动词来形容的盛夏季节。在荻花飘摇、金风徐徐之前的这些个日子里,有着能够从闪烁着晨露之光的一朵小花中饱英气的这份幸福,我想,已经足够我们深深感恩了。


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